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暑い!!!

私の勤務する学校では音楽室にはエアコンがあって、大変快適である。ところが、隣の音楽準備室は猛暑である。音楽室は25~6度、準備室は30度を越えている。あまりの温度差に体調がおかしくなる。

三連休が終わった。今回は飲み会が二日続いた。
日曜日は高等学校の同級会だった。卒業してから丁度3の倍数になる。何十年ぶりにあった仲間達はみんな、いい中年になっていた。私もそうだが・・・
厳しい時代の中、会社経営をしている奴、中間管理職で苦労している奴、自営業で苦労している奴、子どもの学費を稼ぐために苦労して働いている奴、旦那や女房と別れて苦労している奴・・・・盆も正月もなく合唱指導に明け暮れている奴・・・・
みんなそれぞれたくましく生きている。
70歳を越えてお元気な担任の先生が当時と殆ど変わっていないのが不思議な感じがした。
同級会はタイムマシンだ。青春時代にしばし自分を連れていってくれる。
少々呑み過ぎた。

翌日はコーラスの暑気払い。
会社や学校のように拘束力の無い仲間が目的を持って集まることは楽しいことだ。
そんな仲間とたまに呑んで語り合うことは幸せだ。

こう暑いとピールがこの上なく美味いのだが、これ以上メタボになるとジーンズが穿けなくなってしまうので要注意だ。

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音取りCD

最近は本当に便利になって、パソコンに打ち込むとピアノが弾けなくても曲が演奏できる。
難しい音楽でも、あっという間に音にしてくれる。(その音は機械的で血の通ってない冷たい物ではあるが・・・)

コーラスでもパソコンに長けた人がいて、音取りCDなる物を製作している。

実は私も打ち込み人である。各声部を譜面に打ち込むことは音楽の理解に一助となっている。打ち込みが譜読みの過程になっているといってもよい。個人的にパソコンという道具を活用して音楽を理解することは有意義なことだと思う。しかし、どこかに後ろめたさがある。スコアを見て音楽を理解すべきだ。ピアノを弾いて和声をアナリーゼすべきだ、と私は自分を戒める。音楽はアナログなのだ。

だから、音取りCDなるものを個人的に作成し、その個人が利用するのはその人にとって価値があることだろうと思っている。
しかし、他人の作成した音取りCDは実は余り有効性のない物であると思っている。
一方的なテンポと冷たい音色で自分の音程が取れるようになるのだろうかという疑問。
それでもピアノが弾けない人には価値がある物なのだろうか。だとすればMIDIがない時代より高度な合唱が巷で実現するのだろうか?
音楽は生涯学習です。高度な作品を自分で練習するのも、本当は自分の力で努力する過程に価値があります。若い頃、田中信昭先生のコーラスで、音取りは完了して参加すべし、という合宿に参加したことがあった。力がないなりに譜読みをして参加した。でも失敗することも多々あった。先生に時刻表を調べて帰れ!と叱咤された。しかし、悔しくて、休憩も惜しんで譜読みをした。そして、素晴らしい感動を頂いた。
どんなに便利になっても、時代が進んでも、私たちは自分自身の努力がなければ感動は得られないと思っている。

でも便利な物は利用すべきとも思う。あくまで個人的に。あるCD会社が中学生の為のパート別音取りCDというものを発売した。現場の多くの音楽科教師が購入した。何十万円もする商品を自腹で・・・学校の備品であれば私も活用するだろうが、個人で購入するつもりはない。

中学生のようにモチベーションのない子どもたちにも合唱させるにはそんな教材もありだ。
しかし、合唱を愛し、よりよいコーラスを目指す大人たちに音取りMIDIは不要だと私は思う。

実は譜読みをする能力も育つのである。

今回の話題、私の指導しているコーラスで今実際に起こっている問題である。
私は前述したようにMIDIの音取り資料を否定はしない。ただ、それを公式に配布しようとして検閲を私に求められ、私はバランスだけ聴いて承諾した。ところがミスがあったようで、スタッフが必死になって細部のチェックを行っているのである。その話を聞いて私はかなり激情した。
公式に音取りMIDIを発行しようとしているのである。そんな物は要らないと私は思った。
個人的に出回ってもそれは良い。ただ公式にスタッフまで巻き込んで音取りMIDIを配布しようとしている動きは私としては耐え難い。

MIDIの音取りが数ヶ所譜面と異っていたって良いではないですか。そんな物を全てに思う必要はないです。私たちは稽古が全てなのです。

私は個人的にMIDIの良さを充分感じているだけに、それを公式に使用する流れには疑問を感じます。

血の通わない電子音ではなく現場で音楽を学びましょう。皆さん!

大町混声第25回定期演奏会

先週末、大町混声25回定期が開催された。
北アルプスの麓の美しい町で25回にわたり歌い続けてきた合唱団である。

四季折々に姿を変える大自然、仁科三湖という美しい湖、スキー場、そして、北アルプス。県下でも岳都と呼ぶに相応しい地である。

しかし、このところの不景気もあって、観光客やスキー客などが減少している。何となく街も寂しく見えることもある。

私もこの地で青春時代を過ごし、そして今多くの仲間と合唱を楽しんでいる。

ヨーロッパの山岳都市では大きな音楽祭や文化的なイベントを持っている。ここ大町市はオーストリアのチロルの州都インスブルックと姉妹都市である。

ここで、音楽の輪を広げていくことがこの街の元気になっていけばいいなと思っている。

なかなかメンバーが増加しないのが悩みである。
コーラスは誰でも参加できる。しかも奥が深い。様々な世代の皆さんに楽しんでいただきたいと願っている。

私は晴れ男に違いない

今週は火・水と中学生と宿泊で自然体験教室を行った。
天気予報は雨、降水確率午前午後80パーセントだった。予報通り朝から雨の中現地に向かった。
ところが、午後は雨も上がり、陽も差してきたのだ。予定したキャンプファイヤーも問題なく実施できた。

いろんな行事ではこれまでも比較的晴れることが多かった私は晴れ男かもしれない。

でも・・・音楽会ではなかなか晴れ男になれない私だった。

土曜日は大町混声合唱団の25回目の定期演奏会である。

朝天気になれ!

週末

一週間は日曜日から始まるようなのだが、私は、月曜日に始まり、日曜で終わるように感じている。
土日は毎週イベントや練習で埋まっている。
6日は松本でお母さんコーラス中部大会が開催された。
主幹として、終日裏方を行った。
舞台係、ピアノの移動や譜面台のセッティング。若者にお願いするはずが、人手不足で私もピアノを押し続けた。ピアノを引く(弾く)のは楽しいが、押すのは大変辛い。終わった時にはフラフラだった。
49団体のコーラスの皆さんは演出や衣装も工夫を凝らし、見ごたえのあるステージを行っていた。また、歌唱力の優れたコーラスも多く、素晴らしい演奏を披露していた。
私の指導しているコーラスも出演した。きっとたくさんの刺激をもらったことだろう。

終わって、仲間と打ち上げた。今日は、その割に一日持ったが、きっとこの疲れは週半ばにやって来るのだろう。

今週末は大町混声の定期である。

加齢

週の半ばになると大変からだが辛い。
歳を取ると、疲れが後からやって来るのです。先週末本番をやって、翌日合唱指導を目一杯やってその反動が今になって出てきます。
月火は比較的元気なのですが、水木が辛い。そして、またハードな週末がやって来るのです。
一週間の早いことといったら・・・
6日、お母さんコーラス中部大会
お出かけ下さい。長野県松本文化会館です。10時からやっています。夕方まで。

今月のコンサート

6日(日)お母さんコーラス中部大会が松本県文で開催される。合唱連盟主催なので、終日スタッフを行う予定であったが、、私の指導するコーラスも出演することになった。
中部7県より、49団体が演奏する。お母さんコーラスは衣装や演出にも工夫があるので、楽しめると思います。お近くの方は聴きにお出かけ下さい。
このイベントでは私が常任を務める信大グリーがホストとして活躍する。きっとおばさん、いや、お姉さん達に可愛がってもらえることだろう。
ちなみに最後にアトラクションで彼らは演奏を披露する。先日東京で歌ったオペラコーラスも歌うそうだ。

12日(土)は大町混声合唱団の第25回演奏会、大町文化会館19時開演である。Schubertのト長調のミサ曲(この作品が何故か今年、周辺で何度も演奏されるようだ)、林光「花と鳥と木々の歌」そして、空・星をテーマにポップスを演奏する。ミサ曲のバリトン独唱は東京から中川さんという若い歌手が客演してくれる。ソプラノソロは昨年に引き続き幅谷さん、そして、テノールは団内より浦野君という新人がデビューする。
コンサートに是非お出かけ下さい。

ベーレン16

16回目のコンサートが終わった。創団は84年である。2年後の86年に穂高でファーストコンサートを行った。以来22年間で16回のコンサートを行ったことになる。
09年は5月17日(日)にベーレン17のコンサートの開催が決定している。

今回は、日本語のうたを2作品取り上げた。誰もが知っている愛唱歌「ノスタルジア2」信長貴富作曲。美しい日本語に憧れる。ここ数年、尊敬する指揮者栗山文昭氏の演奏を聴いて、その言葉の美しさに感動する。私たち自身も確かに言葉に対する直感力は高まっているように感じるのだが、理想の響きには至らない。単なる発音のテクニックだけではない、表現の何かがそこにあるのだ。
「憎い」のkuと「美しい」のkuが同じkuではないだろう。言葉の色や温度や湿度も違うだろう。
プロミネンス(卓立)の問題もあるだろう。「言霊」という言葉を思い出す。そして、「価値観」とか「人生観」という世界も見えてくる。
北川昇氏の「シャガールと木の葉」、魅力的な合唱組曲だった。若い作曲家が素晴らしい作品を生み出してくれている。新しい作品との出会いはわくわくする。

Bachのモテットを演奏した。誤魔化しのきかない確かなテクニックと、様式観が求められる。しかし、バロック音楽は楽しい。久しぶりの古典だったが、素晴らしいチェリストにも力を借りて、演奏することが出来た。今年の秋には、Mozart、Schubertのミサ曲を演奏する。楽しみだ。

フランス合唱作品は私たちにとって大切なレパートリーだ。今回はMilhaudを演奏した。Milhaudは合唱曲が数多く、今後も取り上げたい作曲家である。

さあ、次へ向かって動き出そう。

再開

ブログ更新
久しくブログを更新できなかった。
前記事以降、オペラのオーディション・・・ドイツ、ウルムの室内楽団との共演・・・長野県合唱連盟50周年レクチャーコンサート・・・県合唱祭・・・新・千曲川讃歌初演演奏会・・・信州大学グリークラブ、東京北トピア演奏会出演・・・・
それぞれ、コメントしたいことが山ほどあるのだが・・・
想いは渦巻いているのだが、文章にならない。そのうち書き留めようと思いながら、次がやってきてしまう。

次々と来る予定に追われて、想いは堆積し、化石になってしまう。


今年もあっという間に半年が過ぎた。
自分の為に、ここに書くことを再開しよう。
でもきっとまた停滞するんだろうなぁ。

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